軍国少年だった私(随筆)

軍国少年だった私

 

 

 

 

 

 

 

 

(田宮模型のWATER LINE SERIES 引用

よく「貴殿が右派、保守思想を持つに至った切っ掛けは何か」と聞かれることがある。世代的には1998年の小林よしのり氏による『戦争論』大ヒット(-発売当時高校1年生だった私は、クラウゼヴィッツの同名書があることすら知らなかったのである。そしていま該作品を読み返せば、如何にも古典的なYP体制打破-ヤルタ・ポツダム-の入門書のように思える)のただ中にいた。

無論、該漫画に影響を受けなかったと言えば嘘になるが、別段その切っ掛けはこの作品では無い。私は少年時代からプラモデル作りが趣味で、何かこう、小さいものを細工したりくっつけたり彩色したりするのが好きな根暗少年であった。

そんな中、偶然出会ったのが田宮模型から発売されているWATER LINE SERIES(上)である。これは名前の通り、軍艦の喫水線から上のみを再現した模型で、私の少年時代(1990年代前半)、街の模型屋に所狭しと並べられていた名作である。少年古谷はこの製作に夢中になった。旧海軍の名艦―すなわち航空母艦(赤城、加賀、蒼龍、飛龍、瑞鶴翔鶴、信濃etc)、すなわち戦艦(長門、大和、武蔵、伊勢、日向、金剛、比叡、榛名etc)、すなわち重巡洋艦以下は省略・・・。である。

肝であったのは、この模型キットの説明書きに書かれている各艦の戦歴である。曰くレイテ沖海戦で囮に成り沈没、曰くマリアナ沖海戦で沈没、曰くソロモン海海戦でアメリカ巡洋艦隊を屠る・・・等々。模型自体の製作と併せて、少年古谷の小さな脳みそはこの戦歴に夢中になった。そこから雑誌『歴史群像』へ、あるいは架空戦記へ(―当時貪るように読んだのは、檜山義昭氏の『大逆転』シリーズ。特に好きなのは『幻の超重爆撃機「富嶽」全8巻』。←これは傑作です )と食指は伸びる。

必然的に先の戦争全般の戦史へと興味が移って、小学校6年には空で「絶対国防圏」を地図上に明示することの出来る、そして「大東亜共栄圏」やら「八紘一宇」やらを唱和するもう立派な軍国少年になっていたのである。それ故に「アメリカに負けて悔しい」という想いが小さな古谷少年の脳みそを占有していた。けだし、この基本路線は今も変わっていない。

広島、長崎への原爆投下。本土への無差別爆撃―。為す術無く敗戦した英霊の無念を晴らしたい、というのが私の少年-青年期の一貫した思想の根幹を形成した。戦史を普通に読めば、まあ南部仏印進駐の時点で負けが確定していたような対米決戦構想も、同じ負けるのは負けるのでも、余りにも戦略的稚拙と人命軽視が故に、「負けるべくして負けた」大本営と大日本帝国陸・海軍の体たらくに苛立った。

だから私は、英霊を手放しで礼賛する発想(-ここ十数年で、劣化した保守とネット右翼界隈で流行であるようだ)というものは一切存在しない。なぜ「もっと上手く戦えなかったのか」「なぜみすみす将兵を餓死する作戦を立案したのか」。私の怒りは東京の軍部の無能にも向かった。よって私は、A級戦犯の靖国合祀には反対の立場を貫く分祀論者である。

「アメリカに負けて悔しい」という想いは、対米自立(反米保守)と自主防衛と対になって私の思想の根底の根底に、正に「沈殿した何か」となって常に存在する。そしてそれが、当然のごとくこの国の「保守界隈」に共有されている、と思っていたが、そんなものは微塵も存在せず、ひたすらアメリカに追従することを善とし、同じアジア同胞である中国人と韓国人を嘲笑するだけの、矮小でトンデモな、学問的価値の全くない差別主義者の集団こそがこの国の所謂「保守論壇」の枢機を占めているという現状に突き当たったとき、遅ればせながら青年となった古谷はこの界隈に幻滅した。

まあこの辺りを含めて、現在中年になりつつある筆者のひとつの思想変遷の上下振幅があるのであるが、そのひとつとして結実したのが2018年に出版した半自伝小説『愛国奴』である。好事家は是非ご購読されたい。そしてこういった思想界隈に全く関係ない人が読んでも面白いように本作を構成・設計している事は、是非付け加えておかねばなるまい。