私とお金の話(随筆)

お金をしこたま持っているのに、満たされない自意識と承認欲求に飢え、つねにSNSに有名人とのツーショットをアップロードする人。いかに自分が金持ちかを顕示するために、日本の道路事情には見合わない(むしろ不便な)高級外車を持っていることや、デベロッパーから不当に高く値付けされたタワーマンションに住んでいることを自慢する人。或いは、イデオロギーの世界では「陰謀論を信じる信者、単に学力の著しく低い自営業者」等を囲い込んで月会費や寄付金を徴収し、毎月何百万円と収入を得ている人。最近観た中では、自分の後援会に数百万円を寄付すれば、当該会の終身会員になれる―という、とんでもない自称学者を名乗るAFO(アフォ)を発見した。

私は、こんな連中(銭ゲバとか、守銭奴とか、単に金持ちというだけで心が満たされない人)をもう見飽きるほど見飽きているから、お金というものは、身の丈以上には必要が無く、またその身を静謐に保持する程度(中産階級程度の生活水準を維持できる程度のモノ)だけにとどめておけば良い、というのが人生訓となっている。子孫に遺産を残そうとも思わない。そもそも残すほどの資産もないし、あったとしてもその遺産が大きければ大きいほど、子孫は遺産に頼って堕落するからだ。まさに「児孫(じそん)のために美田を買わず」(西郷隆盛)である。

そもお金とはなんだろうか。学校で習ったはずである、お金とは単なる「紙切れ」であると。現在の紙幣は中央銀行がその「紙」に1万円とか100ドルの価値がある、と認めているからこそ価値が発生する(信用貨幣)のであり、かつてのように紙幣を銀行に持って行けば相当額の金(gold)と交換してくれる時代ではない。この昔の制度を金本位制と呼び、その時代に流通した紙幣のことを兌換紙幣と呼ぶ。

では何故現在、紙幣を銀行に持って行っても相当額の金(gold)と交換できないのかと言えば、金本位制では市中に流通する貨幣量が、金の保有量によって制約されるからで或る。金(gold)の保有量も埋蔵量も限られている。よって金本位制度では、貨幣の流通量は早晩天井を迎える。これは発展段階にある資本主義にはなじまない。ということで、20世紀も最初の30年と経たずして世界の殆どの国が金本位制度を捨て、現在の制度に移行した。つまり紙幣を銀行に持って行っても金(gold)に兌換できない貨幣=非兌換紙幣、信用貨幣制度の出発である。

この本質を理解しないで、「拝金主義」に走る冒頭のような連中が出る。しかし字句を正確に言えば、現在の紙幣はタダの紙、すなわちチケット(金券)であるから、「拝金=金を拝している」訳ではなく、「拝券主義」と言葉を改めた方が宜しい。この「拝券主義」は実に厄介で、1億円の「紙」があると、今度はそれを1億2000万円に増やそうとする。1億2000万になると2億に、2億になると3億へと、どんどん増やそう、もっと欲しいもっと欲しい、というようになる。

1億円の紙幣を保有していれば、年間に500万円相当消費をするとすれば、20年はやっていけることになる(―インフレ率を考慮しないならば)。中産階級程度の生活水準であれば、年間500万円を消費できれば、十分に文化的な中産的生活が出来る。自家用車も持てるし、海外旅行だって行ける。ペットも飼える。これ以上何を望むというのか。ブルジョワの人生観は良く分からない。単なる紙切れにそこまで執着するのは、単なるAFOである。トイレットペーパーを命よりも大事、と考えている人間は世の中にいないはずだ。極論すれば「拝券主義」とは、これと同じくらい馬鹿馬鹿しいので或る。

かつて金で買えないものはない―と豪語したIT系のCEOがいた。皮肉なことに彼は、膨大な資産を持っているにもかかわらず、その後刑務所に入らなければならなくなった。金で買えないモノはない、と豪語したのに、「刑務所行きの実刑判決を取り消す権利」までは購入できなかったのだ。誠に馬鹿馬鹿しい末路で或ると言わなければならない。

所詮、人間は死ぬ。それが40歳か、60歳か、80歳かは分からないが死ぬ。古代エジプトでは、ファラオが死ぬと、埋葬品として沢山の金品を封入した。死後の世界でも、ファラオが贅沢な暮らしが出来るようにと思っての事である(―皮肉なことに、そのせいでファラオの墳墓は盗掘が横行した)。しかしそれは古代エジプト人による単なる信仰であり、現実には死んでも埋葬品の金品は死後の世界に持って行くことは出来ない。

現世で金を貯めに貯め、雪だるま式に幾ら「金」を増やしても、それを天国に持っていくことは一切出来ないのだ。それよりも、自分が死した後も、後世人の記憶に残る価値観や作品をひとつでも残したいと私は考える。肉体は死を以て腐敗し、信用紙幣もまた同じで或る。「永遠の命」があるとすれば、それは後世人の記憶の中に植え付けるほど強烈な価値観や作品を、現世で完成させる以外に無いのである。