ワタシとクルマの話


折角ワードプレスを導入したというのに、殆どこのブログ更新は止まってしまっていた。しかし気が向いたので時々こうして生存報告のようにブログを更新しようと思う(ただし本業に支障のない範囲で)。

さて、私は徹底した車人間である。鉄道というものが嫌いで、日々の移動はすべて自家用車だ。出版社にもラジオ局にもテレビ局にも基本車で出勤する。鉄道のほうが定時運航で遅刻がないのになぜ車なのか、と疑問を思う方もいるかもしれないが、私の自宅は千葉の辺境であり、むしろ車のほうが早い。最近、妙に鉄道事故や故障のせいで鉄道遅延が多く、万が一生放送の時間に間に合わず、鉄道の中に閉じ込められたら責任を取って切腹しなければならない。その点、車にはそういう心配がない。コストの面でも結果的に車のほうが安くつく。渋滞を回避する道はいくつも把握しているし、万が一を考えて鉄道でかかる時間の2.5倍をかけた時間を移動時間に設定して家をでる。

つまり、鉄道で60分かかる距離に車で向かう場合、60×2.5=150分(2時間半前)に車で出発する。約束が15時なら12時半過ぎには出発する。これで大きな失敗したことは一度もない。この移動時間を何に使うのかといえば、録音して溜めておいたラジオ番組などを再生している。そしてなにより、車の中は思考が研ぎ澄まされる。アニメ映画『機動警察パトレイバー2』の中にもそんなニュアンスの台詞がある。大体、原稿の構想をするのも車の中だ。

私が初めて自分の車を買ったのは19歳の時だ。丁稚先の社長の息子から5万で買った日産・ローレルが記念すべき私の第一号車だった。当時私は大学生だったが、大学の授業が退屈でいろいろな仕事に顔をだしていた。だから普通の大学生よりははるかに金回りが良かった。駐車場の8000円や任意保険は難なく支払うことができた。しかし、そのローレルは既に購入時に車検残が半年強しかなく、当時車関連の知識が全くなかった私は、どうせ車検の更新というのは3万円くらいでできるものと信じ込んでいた。ところがオートバックスにもっていくと、5万で買ったオンボロのローレルの車検が税金込みで25万はかかるという。それだけあちこちの機関や検査パスに必須の部品が弱っていたのだ。


だからローレルとは早々におさらばして、2代目に買ったのがこれまた日産のスカイライン(GTR)だった。20歳にしては分不相応なこのスカイラインに約2年乗った。過給機型のタイプで、燃費は悪かったがちょっとアクセルを踏むだけで強烈な加速を得ることができた。この車で京都の街を縦横無尽に走った。日本海まで行って駐車場に止めて車中泊し、滋賀で鯖寿司を喰って帰ってくるという一人旅もした。思い出の車だ。

しかし、これもやがて車検期間が来ると、見積もりで税金込み25万円という。ほぼ原価に近い12万で買ったスカイラインに25万をかける気にはなれない。スカイラインは個人のオークションで売った。12万で買って約2年乗りまわしたスカイラインは、名古屋から買い付けに来たおじさんに18万で売れた。いかにも多血質の中小企業の社長、といったそのおじさんは、これまた明らかに愛人らしき25歳くらいの二回り近く年下の美女を連れていた。おじさんは買い手にも関わらず「取引のお礼に」といって、350ミリの生ビール缶24本の段ボールを持ってきてくれた。私の味覚は当時子供仕様(現在もだが)で、ビールのお土産は全く嬉しくなく、全部捨ててしまった。売買は成立した。その後、しばらく私は維持費の安さから軽自動車に転向する。

20代半ばを過ぎて、流石に軽自動車に飽きてきたころ、中古車サイトを見ていると日産のブルーバードが出ていた。兵庫県宝塚にある自動車屋まで見に行って即決した。黒の、シックな、2000ccにしては重厚感のある造りが気に入って即金で買った。即金といっても、40万するかしないかといった安物だった。だが、20代中盤の私にとっては大きな買い物だった。軽自動車が続いたので久々の普通車の居住性の良さに酔いしれて間もなく、京都市南部でこのブルーバードは粉々になってしまった。私が吉祥院(同市南区)の交差点で信号待ちをしていたら、後ろから来た前方不注意のアルファードに追突されたのだ。車は全損した。慰謝料でワゴンRを買った。分不相応にブルーバードを買った罰があったったのだと思った。

30を過ぎて、やっぱりもう一度あの時に乗ったブルーバードがほしくなり、中古車サイトを探すと、状態のいい奴が安価で沢山あるのに驚いてすぐに買った。しかし安物買いの銭失いというか、私はブルーバードとの相性が悪いのか、そういうわけではないのだろうが、こちらは某県を走行中、自損で廃車にしてしまった。そうこうして、現在乗っている某普通車は、納車まで紆余曲折あったが何とか走っている。なんだかんだ言って、私がはじめて自分の車を手に入れてから10台目の車という計算になる。

若者の車離れ、という。端的に言って車に対する魅力が減ったからではなく、所得の問題と、維持費の問題だろう。私はこれまでの人生で駅から5分以内の場所に住んだことがなく、常に大都市の辺境に暮らしていたので、必要に迫られるうちに車を手放せない人生になってしまったというだけで、車そのものに執着があるわけではない。ぶっちゃけ、「走れればなんれもよい」という思想は今でも持っている。しかし、やっぱり「走る個室」は良い。この中で私の原稿の着想や構成の大きな割合が誕生したことを考えると、「安くてほどほどの中古車」を私は今後も買い求めると思う。

2017年2月17日発売
『意識高い系の研究』(文藝春秋)

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